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お別れ式
2007年04月23日 (月) | 編集 |
今までいろんなペットたちとのお別れを経験してきました。
実家にいたペット達は、動物霊園に「○○家ペット」として個別の納骨棚を作りそこに眠っている。

お星様になったぴろぴろを神戸まで連れて帰るわけにはいかない。
ネットでペットセレモの情報を調べることはできるけれど、実際のところどういうところなのかはわかりません。

それならば信頼できる先生にお伺いするのがいいということで、横浜小鳥の病院の先生に動物霊園を紹介していただきました。

ぴろぴろがお星様になったのは夜の7時。
動物霊園に連れて行けるのは翌朝。
夏場だけに、ぴろぴろの身体が傷まないように、エアコンの風の当たる場所に木の箱に入れて眠らせた。
お花をいっぱい入れて。
それでも時々汚れが出てくるからティッシュでふき取って、少しでもきれいな状態でいられるように・・・。

ほとんど眠れないまま朝を迎え、紹介していただいた横浜動物葬儀センターhttp://www.pet-sougi.com/に電話を入れてぴろぴろを連れて行きました。

人間の斎場と同じような立派な設備があり、数組のお星様になったペットと家族のみなさんがいらしていました。

お別れ式の流れや一緒に火葬できるもの、できないものなどの説明を受けて、いよいよ本当にお別れ。

火葬が終わりお骨拾い。
わずか50グラムちょっとの小鳥でもきれいに骨が残っていてお骨拾いができます。

そのままの形できれいに残っていた嘴を見たとき、ぴろぴろは本当に居なくなったんだって実感。
小さな骨壷に全ての骨を収めて、しっかり抱いて家に連れて帰りました。
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お別れの日
2007年04月04日 (水) | 編集 |
いつかくることは心の中で覚悟はしていたけれど、実際にそのとき私は冷静でいられる自信がなかったその日がとうとうやってきました。
2006年7月22日。
ぴろぴろとのお別れの日。

特に悪くなることも無く、ぴろぴろ的に落ち着いていたので私は実家に帰省していました。
前日の夜、主人からの電話でいつもの発作が起こったことを聞く。
でもなんだか発作後の様子が違う。
夜遅い時間だったので神戸の実家から横浜に戻ることはできない。

そして翌朝。
主人からの「ぴろがおかしい。ダメかもしれない。」という電話。
朝一番に小鳥の病院へ連れて行ってと頼んで、そのまま私は新幹線に飛び乗った。
恐れていたその時が迫っていることは認めたくないけれど、私には解っていました。

ぴろぴろはそのまま酸素吸入をした状態でとりあえず入院。
夕方の診察時間に私が病院へ行った時には、発作はおさまったものの目を閉じたままじっとしていたぴろぴろ。

どうするか決めなければならない。
あれだけ悩んで心に決めていた一言がなかなか言い出せない。
「連れて帰ります。」の一言。

このまま入院させればまた元気になるかもしれない。
その可能性が低いのは解っているのに、どうしてもそう思ってしまう。

そんな私に最終的な決断をさせてくれたのは先生でした。

「今すぐどうこうってことは無いとは思うけれど、入院させると夜中の数時間は誰もいなくなるからその間に万が一のことがあったら可愛そうだから連れて帰ってあげることをおすすめします。」

先生のこの言葉で私はぴろを連れて帰る決断ができました。

病院から家に帰る車の中で時々目を開けて私を見るぴろぴろ。
でもすぐに目を閉じてしまう。

家に帰ってしばらく手の中で眠っていたぴろぴろ。
休ませるために鳥かごの中に入れる。
もちろん止まり木には止まれないからかごの床の上。

でも脳症の発作で突然転げまわったり、翼を大きく垂直に伸ばしたり、首を傾けたまま動けなくなって涙を流したり、苦しそうに嘴をパクパクさせたり。
身体をまっすぐにしていることもできない状態。

それなのに、
そんな状態なのにありえないことが起こりました。
ぴろぴろが籠の扉のところにやってきて、えさ箱のところにある止まり木に登ろうとしたのです。

ぴろぴろは籠の外に出たがっている。

弱っている小鳥を手に乗せることは小鳥の体温を奪うことになるのでしてはいけないこと。
それはよくわかっていたけれど、私はぴろぴろを手に乗せずにはいられ
ませんでした。

すでに自分の意思で身体を動かすこともできないぴろぴろを手に乗せて、私はもうこれ以上ぴろぴろに「頑張れ。」は言えなかった。
手の中で落ち着いたのか目を閉じてゆっくり息をしているぴろぴろにかけた言葉は「もういいよ。」。
それまでの感謝の気持ちを込めた「もういいよ」の言葉。

「よく頑張ったよね。もう頑張らなくていいよ。」
そう言いながらしばらく撫で続けました。
ぴろぴろの様子が落ち着いたから主人に交代して私は涙やぴろぴろの糞で汚れた服を着替えに別室へ。
その時、主人の叫ぶ声が。
慌てて戻った時、主人の手の中で今まさに最期の時を迎えたばかりのぴろぴろがいました。
そっと目を閉じてやって「ありがとう。」を言い続けた。
悲しいよりも辛いよりも私の中にはありがとうの気持ちがいっぱいだったから。

私の傍にいる時に主人が手を出したらいつも噛み付いていたぴろぴろ。
主人に懐くのは私が留守のときだけ。
そんなぴろぴろは結局主人の手の中で最期の時を迎えた。
ほんの数十秒前まで私の手の中に居たのに、最期の時が主人の手の中だったのは偶然ではなくぴろぴろの主人に対する感謝の気持ちだったんだと思う。
「いつも噛み付いてごめんね。」っていう気持ちも少し。(笑)

涙は止まらなかったけれど、ちゃんと最期を看取ってやれたことはよかったと思えました。

いや、それは少し違うかもしれない。

看取ってやれたのではなく、私が神戸から戻るまでぴろぴろが待っててくれたというのが正しい気がする。

私がずっとずっと悩んでいたこと。
どのような最期を迎えさせてあげられるか。
一人ぼっちで最期を迎えさせることは絶対にしたくないという私の思いにちゃんと応えてくれたぴろぴろ。

言葉の通じない人間と小鳥だけど、心と心は通じる、ぴろぴろと私の間には確かに深い絆が存在していた。
そう実感させてくれたぴろぴろの最期でした。

大好きだったぴろぴろ、
私にいろんなことをたくさん教えてくれたぴろぴろとのお別れの日。

私はこれからもあの日のことを一生忘れない。

それからもう一つ。
最後に私の背中を押して下さった先生への感謝の気持ちも。

先生はぴろぴろの命があと数時間なことをわかった上で、「今すぐどうこうは無いと思うけれど連れて帰ってあげて下さい。」って言って下ったんだと思う。
先生の一言が無ければ、私はぴろぴろの最期を看取ってあげることができなかったかもしれない。

お世話になった先生への感謝の気持ちと同時に、「ぴろぴろの最期は自宅で迎えさせてあげたい。」という私の考えを前もって先生に伝えておいてよかったと思えました。


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